記憶は季節のなかに



過去の思い出を鮮明に思い出す瞬間って、どんなときだろう。

匂い、気温、味、音楽..私にとってのそのような瞬間は「季節」である。中でも秋は、私の中で大切で、記憶が揺さぶられる季節である。


  1. 8年前の秋
  2. 2025年の秋
  3. 社会人の秋(?)


8年前の秋

半袖のTシャツの上にパーカーやトレーナー、カーディガン一枚羽織い、少し肌寒く感じる頃になると、アメリカに留学していた時のことをよく思い出す。

私が留学していたのはカナダの南に位置するミネソタ州というところで、全米で最も湖が多い州として知られている。夏は30度近くまで気温が上がるが、日本のように湿気はなくとても過ごしやすい。皆、湖のほとりで日光浴をしたり、泳いだり、ハンモックをぶら下げて本を読んだりして過ごす。一方で、冬はマイナス20度以下まで気温は下がり、雪が積もる。湖は全て凍り、アイススケートをして過ごすのが日常だった。


そんな地に初めて足を踏み入れた当時の私は、英語もまだたどたどしく、不安と期待が入り混じった心持ちだった。「家族から離れれて一人で海外に足を踏み入れる」という状況にまだ夢を見ているようだった。けれど、乾燥した冷たい空気のなか、黄色く染まった木々が並ぶ中庭を教室の窓から眺めて、ふと「ここで頑張ってみよう」と思った記憶は、今でも鮮明に残っている。

秋の肌寒い乾燥した空気を感じると、その時の心境があたかも昨日のことだったかのように蘇ってくる。




2025年の秋

そして今年、社会人になってから初めて「里帰り」のような気持ちで8年ぶりにミネソタを再訪した。地球温暖化の影響もあってか、思ったよりも秋の冷たさは感じなかったが、夕暮れに感じたひんやりとした風と、徐々に色づく街路樹を眺めながら、当時の自分と今の自分を振り返っていた。

レストランで食事をしている時、スーパーでお会計をしている時、スターバックスでコーヒーを頼むとき、店員さんが「調子はどう?」「今日この後の予定は?」「ごはんどう?いい感じ?」―とにかくコミュニケーションが多い。

そうそう、この感じ懐かしい。
学生の頃はそれが当たり前で、気に留めることもなかったけれど、今は少し戸惑っている自分もいた。


社会人になった今、交友関係も限定的になりつつあるし、職業柄一人で過ごす時間も増えた為、人とのコミュニケーションの多さに、当時とは違う感情が芽生えていることに気付いた。

(高校生だった当時よりも、ごく自然に、焦ることなく返答できていることに関して、英語でのコミュニケーションの上達と成長を感じられたことは嬉しかった。)

社会人の秋(?)

ふと、学生時代は「コンフォートゾーン」を抜け出す体験が多かったな、と考える。新しい環境、新しい出会い、たくさんの「初めて」に出会い、失敗して、恥をかいて、でも成長してきた。社会人になってからは、そういった経験がめっきり減ったように思う。

もちろん、居心地のいい場所を見つけられたこと自体は、喜ばしいことなのかもしれない。だけど、自分の可能性や、まだ見ぬ素敵な出会いを、「社会人だから」という理由で、無意識に狭めてしまってはいないだろうか。一方で、自分が決めて歩んでいる道・環境の中で自分自身を高めていく為にはなにができるだろうか、と考えさせられるきっかけにもなった。


(通っていた高校の近所にあるお気に入りのアイスクリーム屋さん。定番はラズベリーチョコレートチップ味。)



留学を終えて帰国してから毎年秋に感じていた感情と、八年越しにその土地に帰って得られた別の感情。昔の自分を懐かしむだけじゃなく、今の自分を静かに受け入れられるようになること。―「大人になることってこいうことなのかも」と感じる秋だった。

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