思春期の自分を思い出すと、ただ“ぼんやり一緒に過ごす時間”が幸せだったことに気づく。スーパーで駄菓子を買ってシェアしたり、親にお願いして買ってもらった3DSで通信したり。
町から町へ、ただ歩いて、友達の家のドアをノックするだけで胸が高鳴った。別に何か特別なことが目的だったわけではない。大切だったのは「一緒にいる」ことだった。
20代:お酒を片手に深みのある関係へ
20代に入ると、「遊び」に求めるものも変わる。少し見栄を張って甘いカクテルを片手にクラブに揺れ、バーカウンターやクラブのトイレでゴシップを共有する。
クラブ帰りには24時間営業の飲食店で牛丼なんかをほおばりながら、LINEで気になる異性のスクショを貼り合いながら、「彼女、俺のことどう思う?」「どう返信しよう?もう少し待つ?」なんて真剣に相談する。
友情はより深く、より濃厚に。けれど、ただ時間を消費するのではなく、共に“濃密な瞬間”を体験しに行くようなものだった。

30代:より「計画された時間」
30代というより、20代後半になると「年をとることってこいうことなのかも」と感じることが、ここ数年でじわじわと増えてきた。二日酔いのペースも違う。
仕事は加速し、集中には静かな時間が必要に。友達と過ごす時間は、誕生日ディナーやランチ、コーヒー、イベントのための“予約時間”に。夜11時前にはそれぞれ別の家へ帰り、次に会うのは次の月へカレンダーをめくってから──。それはそれで愛おしいものの、かつての“兄弟姉妹のような”自然な距離感はもうない。社交的なエネルギーも、ガクンと減った。
なぜ、こんな変化が──?
心理学や調査によれば、20代までは新しい友達を“定期的に”作る。ところが25歳を超えると、友人関係は急減。その後は人生の終わりまでその傾向は続く。
恋愛が真剣になり、結婚し、子どもが生まれ、地理的にも人生の条件も変わる。顔を合わせる機会や偶然の近接が激減するため、新しい友人を“自然に作る”ことが難しくなる。
実際、自身の周囲でも、友達の大きな変化を実感することが増えてきているのではないだろうか?高校の先輩が結婚したり、友人が遠距離恋愛で世界中に散らばったり
自分自身も、結婚、いつか子ども、都市からの移住──と、人生の節目が増えていると感じている。
“兄弟級”の友情はもう戻らないのか?
10代の頃のように、頻繁にお泊りをしたり、お互いの“最大に変な瞬間”を全部見せ合える関係 ー そんな友情は今後もできるのか?年齢よりも、“パートナーがいることで変わる自分自身”が、自然と友情の形を変えてしまうのか?
それでも、大事な“瞬間”は日常の中にある。イタリア料理のお店で目の前の友人が、料理名を間違えて読み上げて笑い転げる。そんな小さな時間が、本当に幸せをくれる瞬間だ。グループチャットでの近況報告が、日常にぽっと光を灯してくれる。
きっと、常にお互いの生活に入り込み続けなくても、“大切な関係”は存在し続ける。2ヵ月に一度会えるだけでも、人生の断片をシェアし合い、次に繋げられる。


「大人の友情」は「本物の友情」?
昔のような“濃密で無計画な友情”は、もう戻らないかもしれない──でも、それは失われたわけではない。大人になっても、友情は“選ぶもの”になっただけ。小さな時間にも、心の温もりがある。
20代後半を過ぎてからこそ、友情に“目的”が芽生える。
パーティーを最後まで楽しむより、夜の23時を跨ぐ前に自分のベッドに帰りたい。でも、人といるのは「必要だから」ではなく「好きだから」だ。そんな友情は、むしろ意図的に選ぶからこそ価値がある。うんと時間を割いて育てるからこそ、人生が豊かになる──と、私は信じたい。
Original: VOGUE “WHy Does Growing Up and Settling Down Mean Losing a Certain Closeness With Your Friends?” by Daisy Jones, published on March 27 2023 (https://www.vogue.com/article/growing-up-settling-down-losing-closeness-with-friends)

